地蔵禅院の枝垂れ桜
(京都府井手町)

玉津岡神社
540年、祭神の下照比売命が玉岡の南峰に降臨し、
それをまつったのが始まり。
731年、橘諸兄(たちばなのもろえ)が
下津磐根に遷座、
1260年に現在地に移ったとされているそうです。
地蔵禅院
玉津岡神社参道の脇にたたずむ
曹洞宗の小さなお寺です。
見晴らしの良い高台にあり、
井手町の集落から木津川、
天候がよければ遠く金剛山・
葛城山・二上山などが一望できるようです



京都府綴喜郡井手町大字井手小字東垣内16

京都府の天然記念物に指定されています。
JR奈良線玉水駅下車徒歩1.5キロ
鐘楼の横にある枝垂れ桜
戸時代享保年間に植樹されたといわれており、
円山公園の先代のしだれ桜と親木が同じで、
現在の円山公園のしだれ桜の叔父にあたるそうです。

京都府の天然記念物に指定されています

例年の見ごろ時期:4月1日〜4月7日

見に行ったときは、散り残った残花とうす緑の小さな葉でおおわれ、
桜色では、なくなっていました。(残念)

も、その姿は、なかなか趣のある立派な姿をしていました。
鐘楼下の畑には樹齢100年になる
このしだれ桜の子桜が2本植樹されていま
す。
井手 は京都府綴喜郡に属し、玉水、水無、石垣、
上井手、田村新田、南、北の七部落からなり、
後に多賀村と合併して井手町となりました。
奈良朝時代には橘氏の所有地であり、
左大臣橘諸兄は、天平十四年に壮麗な
別業(別宅、別荘のこと)をつくり聖武天皇の行幸を
仰いで宴遊を催しました。
井手の里を愛した左大臣橘諸兄は日本六玉川の一つ、
玉川の堤に美しい山吹を植えたそうです。

バイモ(貝母)
ユリ科バイモ属
葉は薄緑色で、細い葉の先端が巻いている
耐寒性球根植物です。
花は下向きに咲く釣鐘型で色ともに地味ですが、
背丈があって存在感がありますので
日本庭園に似合いそうです。
バイモという名前は球根が二枚貝に似ていることから
付けられたようです。

橘諸兄(たちばなのもろえ)
母は県犬養三千代で、初め葛城王を名乗っていたが、
天平八年(736)願い出て臣籍に降下、母が賜った橘姓を名乗る。
翌年疫病が流行り、藤原氏の房前・宇合・武智麻呂・麻呂が相次いで病没したため、
右大臣に進んで政権を掌握した。
恭仁京遷都、大仏造営に尽力し正一位左大臣に至ったが、
次第に藤原仲麻呂に圧倒され、天平勝宝八年(756)春二月二日辞職を申し出、天皇はこれを許した。


  小さな旅

2006.4.13