三船祭
車折神社・渡月橋界隈
(京都市右京区)

三船祭は神様に平安の王朝絵巻をお楽しみいただく神事だそうです。
昌泰元年(898年)長月21日、宇多上皇が嵐山に御幸の際、大堰川 で御船遊びをしたことが始まりとされています。
昭和3年車折神社では御大典を記念して、「三船祭」が始められました。その後に、例祭の延長神事として、現在のように5月第3日曜日に行われるようになりました。
「三船祭」の名前の由来は、白川天皇が行幸の折に、「和歌」「漢詩」「奏楽」に長じたものを3隻の舟に乗せて御舟遊びをされたといわれていることから「三船」とされています。
(車折神社のHPより)

2007.5.20
車折神社・・・・ご祭神・・・清原頼業
芸能・芸術の守護神

都府京都市右京区嵯峨朝日町
午後12時・・神幸式が始まります。
午後 1時
神幸行列の出発です。

車折神社を御出門、三条通を西へ嵐山渡月橋を渡り、
中の島公園へ
頭につけているのは、もみじかなあ。
山王祭りは、本物の桂の木の枝、
葵祭りは、フタバアオイの葉をつけていました。
が、ここは、造花でした。(予算不足かな?)
午後2時 御座船を先頭に、龍頭船、鵜首船以下各供奉船20数隻が次々と発船
神様が船に乗船・・・白い布で前後左右を隠しているので、見えませんでした。 御座船 龍頭船
三船祭りのメインイベントは、なんといっても足利尊氏の故事にちなんでの扇流しの行事です
昔、足利尊氏が嵐山近くの天龍寺へ参詣の折に、お供の童子が誤って川に落した扇が川面を流れる優美な様をご覧になって大層喜ばれたことから、
それ以後天龍寺参詣の際、お供の人々が競って扇を川に流したといわれています

公募から選ばれた「平成の姫君」や舞妓、芸者さんの「扇流し」が優雅に繰り広げられます。
川岸では、この扇を受けとろうと、芸事の精進ご利益を願う人たちでにぎわいます。
(北岸)

曇ったり、晴れたりとはっきりしない天気で、5月20日にしては、気温も低くて肌寒く感じられる一日でしたが、
車折神社から、行列の前や後ろになりながら、渡月橋を渡り、大堰川[おおいがわ]の南岸で、見物をしました。
扇流しがあるのは、北岸の方で、黒山の人だかりでした。(夕方のニュースでは、人出は、5万人だったとか)
葵祭りや祇園祭りなどに比べると、規模が小さい分、身近に感じられる祭りでした。
やっぱり、京都の祭りは、よく言えば、”優雅”ですが、少々、しんきくさいですね。



←車折神社嵐山頓宮

午後 4時
車折神社嵐山頓宮に入御されて、祭事をおえます。

←車折神社嵐山頓宮
前の橋が”琴聴き橋
琴聴き橋・・・昔、高倉天皇に愛されていた小督局が
平清盛の怒りを恐れて、
この嵯峨野に身を隠していたのですが、
小督探索の命を受けた源仲国は渡月北詰辺りで
小督の琴を弾く音を聞き、居場所を探し当てたそうです。

→渡月橋の橋のたもとにも、琴きき橋跡の石碑がありました。
昔は、ここに橋があったのでしょうか?

渡月橋
亀山上皇が曇りのない夜空に月がさながら橋を渡るようなさまをみて
「くまなき月の渡るに似る」と感想を洩らしたことから
「渡月橋」とよばれるようになったそうですよ。
(大堰川[おおいがわ]に架かる全長250mの橋)

当初、橋は現在より100mほど上流にあったと考えられていますが、
1606年(慶長11)に角倉了以[すみのくらりょうい]が
大堰川上流の保津川開削工事を行った際、
今の場所に移されたそうです。

私は、下流から見る”渡月橋”が好きですね。
公立学校共済施設”花のいえ”
保津川や高瀬川の開削でしられる
角倉了以の旧邸です。
敷地内には小堀遠州作と伝わる庭園もあるそうです。

京都府京都市右京区嵯峨天龍寺角倉町9


渡月橋のすぐ近く、大堰川に面していて、
とても、いい場所にあります。
(お値段もリーズナブルだし、一度、泊まってみては??)

途中で見かけた、畳屋さん ↑京福電気鉄道”嵐山駅”
世界文化遺産登録の大本山天龍寺の向かいにあり、
駅の建物は、世界的なインテリアデザイナー
森田恭通氏のデザインによるもので
「近畿の駅 百選」にも認定されています。
駅ホームには、2004年春に掘削された天然温泉
「嵐山温泉」をそのまま使用した
「駅の足湯」があります。
(京福電気
鉄道のHPより
嵐山駅の斜め前にある”美空ひばり館”
残念ながら、今は閉まったままです。

天龍寺(てんりゅうじ)

後嵯峨天皇の亀山離宮があったところに、暦応2(1339)年、
足利尊氏が後醍醐天皇の菩提を弔うため、
夢窓国師を開山として創建した禅寺。

以前に、訪れたことがありますが、
世界文化遺産に登録されていますので、
もう一度、訪れたいとは思っていますが、
今回は、先を急ぐので、玄関の写真のみです、悪しからず。

京都市右京区嵯峨天龍寺



鹿王院(ろくおういん)
臨済宗天龍寺派の禅寺
足利三代将軍義満が普明国師を開基として創建し、
宝幢菩薩を本尊とし宝幢寺と号しました。
普明国師が没し、
義満が菩提追福のため開山堂を建立することになり、
横のヤブを開いたところ鹿の群れが出現したので
「鹿王院」という名がついたとされています。

←山門の覚雄山の額が、義満23歳のときの自筆だそうです。
鹿苑寺(ろくおんじ)は、金閣寺のことです。
義満の法号の「鹿苑院殿」にちなんで、
「鹿苑寺」と呼ばれました。
ここのお寺の名前も、鹿の字がついていますね。

ここのお庭も、とてもきれいに手入れされていて、
苔の緑も鮮やで、静寂という言葉がぴったりとしたお寺でした。

京都は、それほど有名なお寺でなくても、
庭の手入れが行き届き、凛とした空気が漂っていて、
素敵ですよ。


京都市右京区嵯峨北堀町24  
 大人300円


虚空蔵 法輪寺
十三まいりで親しまれ、毎年4月13日、13歳になった子供が法輪寺の虚空蔵菩薩に智恵と福徳を授かり、思い思いの1字を墨で書いて奉納した後、
渡月橋を渡って帰る時に、後ろを振り返るとせっかく授かった智恵を返してしまうとの言い伝えがあります。
私も、数十年前、十三まいりをした折には、そんな言い伝えを聞いて、振り返らなかったような気がしますが、
はるか遠い記憶の中の、なつかしい思い出です。
京都タワーが見えました。 京都府京都市西京区嵐山虚空蔵山町

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2007.5.20